アガサ・クリスティ
決定版 総合年表
人生・世界・作品の対比
アガサ・クリスティの生涯を、彼女の全作品(発行順)、および彼女の創作に影響を与えたリンドバーグ事件を含む世界情勢と対比させた最終的な総合年表です。
凡例
- 人生: アガサ・クリスティの個人的な出来事
- 世界: イギリス、アメリカ、および世界的な歴史的事象
- 作品: 英国での発行順に基づく全作品リスト
| アガサ・クリスティの人生 | 世界・英米の出来事 | 作品(発行順) |
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1890: 9/15誕生 ・資産家の家庭に育つ ・母クララの独自教育方針(正規の学校教育を受けず) 1895頃: 読書を覚える |
ヴィクトリア朝末期 大英帝国の絶頂期 |
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1901: 父フレデリック死去(以降家計悪化) 1906–1908: 声楽・ピアノを学ぶ ・オペラ歌手志望 ・舞台恐怖症 ・音楽家の道を断念 |
1901: ヴィクトリア女王崩御 ・エドワード7世即位 1903: ライト兄弟初飛行 ・サフラジェット運動開始 |
(1909年に初の長編小説『砂漠の雪』を執筆(未刊行) 作家イーデン・フィルポッツの指導を受ける) |
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1912: アーチボルド・クリスティと出会う 1914: 結婚 1914–1916: 赤十字で看護師勤務 1916: 病院薬局勤務 毒物・薬剤知識を習得 1919: 娘ロザリンド誕生 |
1910:エドワード7世崩御 ・ジョージ5世即位 1912:タイタニック号沈没事件 1914–18: 第一次世界大戦 1917: ロシア革命 1918:女性に限定的参政権 |
(1916年に 『スタイルズ荘の怪事件』執筆) |
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1920: 作家活動本格化 1922: 世界一周旅行 1926: 母クララ死去 ・夫の不倫発覚 ・失踪事件(11日間) 1928: 離婚 ・一人旅 |
1920: 国際連盟発足 1927: 大西洋単独無着陸飛行成功 1928:男女完全平等の参政権成立 1929: 世界大恐慌 |
1921: スタイルズ荘の怪事件 |
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1930: 中東旅行 考古学者レナード・ウーリー卿の発掘現場を見学 14歳年下の考古学者マックス・マローワンと運命の出会い 9月11日、マックス・マローワンと再婚 ・中東考古学調査に同行 ・発掘現場で生活 ・出土品洗浄・記録作業 1938:グリーンウェイの別荘を購入 |
1932: リンドバーグ愛児誘拐事件 1933:ヒトラー、ドイツ首相に就任・ナチスによるユダヤ人迫害開始 1939: 第二次世界大戦勃発 |
1930: 愛の旋律/マン島の黄金 |
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1941:娘ロザリンド結婚 1941–1944: 薬剤師として再勤務(戦時下で執筆継続) 1943: 孫 誕生 ・遺作を事前執筆、死後出版の契約を結ぶ(万が一に備えて遺作を準備) 1947:メアリ王太后の80歳誕生日祝いとして、ラジオドラマ『三匹の盲目のねずみ』を執筆 |
1940: ロンドン空襲 1945: 第二次世界大戦終結 1948:ベルリン封鎖 |
1940: 杉の柩/愛国殺人 |
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1950年代: 公的活動を控える 1950:自伝の執筆を開始 1952: 『ねずみとり』大成功 ロングラン記録更新の始まり 世界的作家として確立 1956: 大英勲章CBE受勲 |
1952: エリザベス2世即位 1956: スエズ危機 |
1950: 予告殺人 |
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1960年代: 創作活動継続 1965: 自伝完成 1968: 夫マックス叙勲 |
1963: ケネディ大統領暗殺 1969: 月面着陸 |
1960: クリスマス・プディングの冒険 |
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1971: DBE受勲・「デイム」の称号 1976: 自宅で死去(享年85歳) |
1973: イギリスEC加盟 1974: 映画『オリエント急行殺人事件』公開(アガサが最後に出席した公の場となる) |
1970: フランクフルトへの乗客 |
特筆すべき出来事と作品への影響
リンドバーグ愛児誘拐事件と『オリエント急行の殺人』
1932年に起きたリンドバーグ愛児誘拐事件は、『オリエント急行の殺人』におけるアームストロング事件の直接的モデルであり、集団的正義という主題を決定づけた。
音楽への夢と挫折
若き日の音楽家志望と舞台恐怖症は、芸術家を描く人物造形に影響を与えている。
アガサ・クリスティ作品一覧・年表

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