それをやらない一日は、思った以上に苦しい。
散歩、運動、掃除、ルーティン。
「今日はやめておこう」と思った瞬間から、
時間が空白になったような気がして、焦りや罪悪感が出てくる。
でも最近、体調を崩してはっきり分かった。
やらない選択には、勇気がいる。
そしてそれは、後退ではなかった。
習慣がある人ほど「休めない」
習慣がない人は、そもそも休むかどうか迷わない。迷うのは、続けてきた人だけだ。
・毎朝の散歩
・体を動かすこと
・整った生活リズム
それを積み重ねてきたからこそ、
やらない日は「崩れた日」に見えてしまう。
でも本当は、
続けてきた人ほど、止まる判断が必要になる。
体が「今日は違う」と言っている日がある
今回、腰に痛みが出た。・昨日は大丈夫だった
・起きたら痛い
・動けば少し楽
・でも無理すると戻る
そんな日が続いた。
この状態でいつも通り動くのは、
「気合」ではなく「無視」だった。
体はちゃんとサインを出している。
それを聞くかどうかは、自分の判断。
やらない勇気は、怠けとは違う
何もしないことと、やらないと決めることは違う。
・状態を観察して
・今日は回復日だと判断して
・あえて動かない
これは怠けじゃない。
調整だ。
習慣は、毎日同じことをやることじゃない。
・動く日
・整える日
・回復に使う日
この3つが揃って、初めて長く続く。
「今日はやらない」が、明日を守る
もし、「少し痛いけど行けそう」
で無理をしていたら、
・翌日も痛い
・さらに数日止まる
・習慣そのものが崩れる
そうなっていたと思う。
一日やらない勇気は、
その先の何日分も守る判断だった。
やらない日は、空白じゃない
散歩に行かなくても、運動しなくても、
今日はちゃんとやっていることがある。
・体の声を聞いた
・無理をしなかった
・悪化させなかった
これは何もしていない日じゃない。
自分を守った日。
まとめ
「続ける力」は大切だけど、「止まる力」がないと、続けられない。
やらない勇気は、
習慣を捨てることじゃない。
習慣を長く持つための選択。
今日は何もしなかったんじゃない。
今日は、ちゃんと判断した。
追記
※ 体調や状況によって判断は人それぞれです。これは運動習慣のある生活での個人の記録です。


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