『リスタデール卿の謎 』雑誌掲載順

作品名
(日本語/原題)
掲載日
(掲載誌/掲載時タイトル)
1 車中の娘
The Girl in the Train
1924年2月
(The Grand Magazine)
2 ジェインの求職
Jane in Search of a Job
1924年8月
(The Grand Magazine)
3 イーストウッド君の冒険
Mr Eastwood’s Adventure
1924年8月
(The Novel Magazine /「The
Mystery of the Second Cucumber」)
4 ナイチンゲール荘
Philomel Cottage
1924年11月
(The Grand Magazine)
5 エドワード・ロビンソンは男なのだ
The Manhood of Edward Robinson
1924年12月
(The Grand Magazine)
6 リスタデール卿の謎
The Listerdale Mystery
1925年12月
(The Grand Magazine)
7 ラジャのエメラルド
The Rajah’s Emerald
1926年7月30日
(Red Magazine)
8 白鳥の歌
Swan Song
1926年9月
(The Grand Magazine)
9 日曜日にはくだものを
A Fruitful Sunday
1928年8月11日
(Daily Mail)
10 黄金の玉
The Golden Ball
1929年8月5日
(Daily Mail/「Playing the Innocent」)
11 事故
Accident
1929年9月22日
(Sunday Dispatch/「The Uncrossed Path」)
12 六ペンスのうた
Sing a Song of Sixpence
1929年12月
(Illustrated Sporting and Dramatic News)

短編だからこそ見える「日常」と「非日常」

『リスタデール卿の謎』は、アガサ・クリスティが1924年から1929年にかけて、イギリス各紙・各誌に発表した短編を集めた短編集です。

ポアロやミス・マープルといったシリーズ探偵は登場せず、代わりに「どこにでもいそうな人々」が、ある日ふと事件や冒険に巻き込まれていく物語が中心になっています。

雑誌向けに書かれた作品を後からまとめた一冊で、掲載媒体も、月刊誌の The Grand Magazine、 新聞の Daily Mail、日曜紙の Sunday Dispatch、その他の雑誌と多岐にわたります。 これらの短編が単行本としてイギリスで刊行されたのは、1934年6月のことです。

「第二のキュウリ」という妙なタイトル

「イーストウッド君の冒険」は、雑誌掲載時のタイトルが The Mystery of the Second Cucumber(第二のキュウリの謎)という、一見ミステリーらしくない奇妙なものでした。

これは、主人公の売れない作家が執筆に行き詰まり、「キュウリの謎」などというくだらないタイトルしか思いつかない、 という作中のコミカルな設定から来ています。

創作に苦しむ姿には、クリスティ自身の「書けない時期」の苛立ちや焦りが、多少なりとも投影されているのかもしれません。

クリスティの「実生活」が反映された物件探しと仕事探し

表題作「リスタデール卿の謎」や「ジェインの求職」には、 「安くて条件の良い家を探したい」「とにかく仕事を見つけないと生活が成り立たない」といった切迫感を帯びた描写が出てきます。

クリスティ自身も、最初の夫アーチボルトとの結婚生活のなかで家計のやりくりに悩み、
引っ越しや家探しに頭を抱えた経験がありました。

この短編集には、「中産階級の日常」と、そこから何とか抜け出したいという切実な願いが、当時の著者の実感とともに刻まれています。

ヒッチコックも注目した「ナイチンゲール荘」の恐怖

「ナイチンゲール荘」(原題:Philomel Cottage)は、クリスティの短編の中でも特に完成度の高いサスペンスとして知られています。 「信頼していたはずの夫が、実は……」という筋立ては、現代の読者にとっても十分に不気味です。

この作品はその恐ろしさと面白さから何度も舞台化・映画化されており、 『ラブ・フロム・ア・ストレンジャー(Love from a Stranger)』といったタイトルで脚色されました。

のちにサスペンスの巨匠アルフレッド・ヒッチコックが、自身のテレビシリーズを作る際の参考にしたとも言われています。

珍しい「日刊紙」への掲載――通勤電車のクリスティ

日曜日にはくだものを」や「黄金の玉」は、月刊誌ではなく、 イギリスの有名な日刊新聞 Daily Mail に掲載されました。

当時のイギリスでは、朝刊に人気作家の短編が一話完結で載ることは、一種のステータスでした。

ロンドンの通勤電車で、サラリーマンやタイピストたちが新聞を広げ、 「今日のクリスティはなかなか面白い」と読みふけっていた光景が目に浮かびます。
新聞向けであるため、テンポがよく、読後感も比較的軽いのが特徴です。

「事故」のブラックな結末

事故」は、その結末の鋭さと後味の悪さ(良い意味で)が、ファンの間で語り草になっている短編です。
「過去に夫を殺した疑いのある女」と、「真相を暴こうとする元刑事」の対決が描かれますが、 クリスティはここで「正義が必ず勝つとは限らない」という、冷ややかな結末を用意しました。

ポアロやマープルが出てくるシリーズ作品では、読者の期待もあって、ある程度「秩序の回復」が求められます。
しかし本書のような独立短編では、そうした制約から解放されているぶん、かなり大胆なブラックユーモアを発揮していることが分かります。

おわりに――「型」に縛られないクリスティを読む

『リスタデール卿の謎』は、必ずしも「名作短編集」として代表的に挙げられる一冊ではありません。

しかし、クリスティがシリーズ探偵の枠を離れ、恋愛、ユーモア、恐怖、冒険といったさまざまな要素を自由に試していた時期の作品がまとまっているという点で、

作家の横顔を知るには格好のテキストです。

有名長編の合間に、気楽に一編ずつ読んでもよいですし、「新聞で連載されていた当時の読者の目線」を意識しながら、 1920年代のロンドンに思いを馳せつつ読むのも一つの楽しみ方です。





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