「自分は馬鹿ではないと思う人に限って、
しばしば実は馬鹿であるのが世の常です」
アガサ・クリスティ作品で、ポアロがこんなことを言う場面がある。
初めて読んだとき、私はかなりスッとした。接客業をしていると、日々こういう人間を見続けているからだ。
ここで言う「馬鹿」は、頭の良し悪しや学歴の話ではない。
問題は、自分を疑う視点があるかどうか、それだけだ。
なぜ「自分は馬鹿ではない」と思う人ほど、愚かな行動をするのか
接客をしていると、次のような人に頻繁に出会う。
- 書いてある注意事項を一切読まずに、忙しい時間帯にわざわざ店員を呼びつけて質問してくる人
- 提供時に口頭で説明しているのに、そもそも聞いておらず、後から同じ内容を繰り返し聞いてくる人
- 一緒に来ている連れが答えを知っているのに、なぜか店員を止めて聞いてくる人
共通しているのは、
- 自分が「今、相手の手と足を止めている」自覚がない
- 自分が「聞いていなかった」「読んでいなかった」という事実を、一切カウントしていない
- それなのに「自分はごく普通のお客様として、当然のことをしている」と信じて疑っていない
つまり、彼らの問題は知識不足ではなく、自己認識の欠如だ。
典型的な「自覚なき愚かさ」のパターン
注意書きを読まないくせに、忙しい時間帯に長話を始める人
店内やメニュー、レジ横に、必要な情報はきちんと書いてある。
それでも読まない人は一定数いる。
そういう人に限って、ピークタイムに限って、こうなる。
- 「すみません」等の前置き無く、遠慮無く自分の事情を長々と語り始める
- 質問の前置きがやたらと長いのに、内容は「そこに書いてあります」で終わるレベル
- その間、他のお客様への提供は全て止まるという想像が一切ない
彼らは「聞くのは悪いことではない」「お客様なんだから当然」と本気で思っている。
その前段階の「まず自分で読む」「周りを見て判断する」という発想が頭の中にない。
提供時に説明しても聞いておらず、結局あとから同じことを聞いてくる人
中には、明らかに「あとで絶対に聞いてくるタイプ」がいる。
だから、提供時にわざと少し大きめの声で、ゆっくり、はっきりと説明する。
それでも、後からこう聞いてくる。
- 「これってどうやって食べるの?」
- 「これ、何分ぐらいで…?」
- 「これ、そのまま飲んでいいの?」
さっき説明した内容と完全に同じ質問を、何の悪気もなくもう一度ぶつけてくる。
つまり、最初の説明の段階でそもそも聞く気がない。
「自分は話を聞いていなかった」という自覚が欠片も無いから、悪びれもしない。
自覚がない分、タチが悪い。
なぜか店員にだけ聞いて、連れに聞かない人
テーブル全員に向けて説明すると、だいたい一人はちゃんと聞いている。
なのに、なぜか一番聞いていなかった本人が、後からわざわざ店員を呼ぶ。
本来なら、
- 隣の人に「さっき何て言ってた?」と聞けば済む
- 説明を聞いていた連れが、すぐに答えられる
それをせずに、わざわざ忙しい店員に聞いてくる。
そしてその瞬間、他の全テーブルの提供が止まるという発想がない。
自分が「店のリソースを独占している」という視点が完全に欠落している。
これもまた、「自分は馬鹿ではない」と信じ込んでいる人に典型的な行動パターンだ。
賢さは「情報量」ではなく「自分を疑えるか」で決まる
私は、自分のことを賢いとは思っていない。
むしろ「自分は馬鹿だ」と自覚しているからこそ、こうする。
- まず書いてあるものを読む
- 周りを見て、流れやルールを把握しようとする
- 自分の勘違いではないか一回疑ってから質問する
それでも分からなければ、初めて店員さんに聞く。
なぜなら、「相手の時間を奪う」という自覚があるからだ。
ここで分かるのは、賢さは
- 頭の回転の速さ
- 知識量
ではなく、「自分は間違えるかもしれない」と思えるかどうかで決まる、ということだ。
他人を「馬鹿」と切り捨てる前に、気をつけていること
正直なところ、接客をしていると心の中でこう思うことはある。
「どうしてこの人は、ここまで自覚がないのだろう」
ただ同時に、自分に対しても注意していることが一つある。
「私はあの人たちとは違う」と思い込んだ瞬間、
私もまた、自分を疑わない側に転ぶ可能性がある、ということだ。
ポアロのセリフは、他人を見下すための痛快フレーズではない。
「自分もそうなり得る」という警告として読むべき言葉だと思っている。
まとめ:「自分は馬鹿ではない」と思った瞬間が一番危ない
接客業をしていると、「自分は馬鹿ではない」と信じている人ほど、
他人の時間を平気で奪う現場を嫌というほど見る。
だからこそ、私は自分に対してこう決めている。
- 自分を「賢い側」に置かない
- 分からないことを恥ずかしいと思わない代わりに、まず自分で調べる
- 他人の時間を奪うときは、それなりの覚悟と最低限の配慮をする
「自分は馬鹿ではない」と思ったとき、
人は一番愚かになる。
ポアロのこの一言は、接客の現場に立つ人間にとって、
お客様への皮肉であると同時に、自分自身へのブレーキでもある。


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