レスなのに縛るのはなぜか
20代の頃、既婚者や彼女持ちの男性からよく声をかけられた。
全員に聞いた。
なぜ?
答えはみんな同じだった。
レス。
なぜ離婚しないのか
だったら離婚すればいい、と言った。
でも、みんな渋る。
子ども。
お金。
世間体。
生活の安定。
結婚は恋愛ではなく、生活契約になっていることが多い。
性がなくても、生活は回る。
でも欲は消えない。
自分はしない。でも他もダメ。
ここが一番不思議だった。
自分はやらない。
でも浮気はダメ。
不倫もダメ。
一夜の過ちもダメ。
プロもダメ。
動画さえダメ。
三大欲求の一つなのに、全面禁止。
食事はパンだけで我慢しろ、と言われているようなものだ。
なぜ縛るのか
多くの場合、性そのものよりも怖いのは比較だ。
他の誰かとする=自分が否定される。
捨てられるかもしれない。
自分が足りないと証明されるかもしれない。
だから縛る。
欲を否定しているのではなく、
自分の不安を守っている。
レスが悪なのではない
レス自体が悪ではない。
問題は、
- 片方が我慢していること
- 話し合いがないこと
- 代替案がないこと
欲を否定したまま、独占だけを維持するのは歪む。
愛と性はセットか
私は、もし自分が性欲をなくしたら、
他でしてきていいと言うと思う。
実際、言ったこともある。
それが正解だとは思わない。
でも、欲を罪にするよりは正直だ。
結婚は独占契約なのか。
それとも合意の上のパートナーシップなのか。
レスの問題は、性の問題というより、
恐れと独占の問題なのかもしれない。

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