説教はいらない
被害に遭ったとき、私はもう十分に自分を責めていた。
あの服が悪かったのかもしれない。
あの態度がいけなかったのかもしれない。
もっと警戒していれば防げたのかもしれない。
誰よりも、自分が自分を責めていた。
その上から、さらに言われた。
- そういう格好してたからでしょ
- 思わせぶりだったんじゃない?
- 隙があったんじゃない?
良かれと思って言っているのは分かっていた。
でも、身体が拒否した。
これ以上、刺さないでほしいと思った。
なぜ責められるのか
被害が理不尽だと認めるのは怖い。
「あなたに原因があった」と思えば、
言う側は安心できる。
自分は同じ目に遭わない、と信じられる。
でもその安心の代償は、被害者が払うことになる。
拒否反応は正常
責める言葉のシャワーを浴びると、
心も身体も固まる。
怒りも出る。
距離を置きたくもなる。
そして、その人を嫌いになりかける自分を、
さらに責める。
自己嫌悪が重なる。
あれほど辛い時間はなかった。
本当に必要な言葉
被害直後に必要なのは、分析ではない。
助言でもない。
「怖かったね。」
それだけでいい。
あなたは悪くない。
その身体は汚れていない。
責める言葉はいらない。
説教はいらない。
まずは、傷ついたことを認めてほしい。

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