性被害者の三重苦

説教はいらない

被害に遭ったとき、私はもう十分に自分を責めていた。

あの服が悪かったのかもしれない。
あの態度がいけなかったのかもしれない。
もっと警戒していれば防げたのかもしれない。

誰よりも、自分が自分を責めていた。

その上から、さらに言われた。

  • そういう格好してたからでしょ
  • 思わせぶりだったんじゃない?
  • 隙があったんじゃない?

良かれと思って言っているのは分かっていた。

でも、身体が拒否した。

これ以上、刺さないでほしいと思った。

なぜ責められるのか

被害が理不尽だと認めるのは怖い。

「あなたに原因があった」と思えば、
言う側は安心できる。

自分は同じ目に遭わない、と信じられる。

でもその安心の代償は、被害者が払うことになる。

拒否反応は正常

責める言葉のシャワーを浴びると、
心も身体も固まる。

怒りも出る。
距離を置きたくもなる。

そして、その人を嫌いになりかける自分を、
さらに責める。

自己嫌悪が重なる。

あれほど辛い時間はなかった。

本当に必要な言葉

被害直後に必要なのは、分析ではない。

助言でもない。

「怖かったね。」

それだけでいい。

あなたは悪くない。
その身体は汚れていない。

責める言葉はいらない。

説教はいらない。

まずは、傷ついたことを認めてほしい。

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