正直、少し迷った。
誰かを悪者にしたいわけでもないし、
同情してほしいわけでもない。
ただ、
こういう環境で育った人もいる
という一例として、
残しておきたかった。
私の父は、
私が小学校4年生の10月から、
単身赴任になった。
それからは、
母と、2つ上の兄と、私の3人暮らし。
転勤族だったこともあり、
母には友達がほとんどいなかった。
ある時、母に言われた言葉が、
今でもはっきり残っている。
「お父さんがいない間に、
もしあんたたちに何かあったら、
事故でも、悪いことでも、
全部お母さんの責任なの!」
子どもに向ける言葉として、
重すぎると、今なら分かる。
次第に、
母は私にだけ、
育児を放棄するようになった。
兄は見て見ぬふりをしていた。
2つしか違わないのだから、
それを責める気はない。
ただ、
母に溺愛される兄と、
そうでない自分。
その差は、
子どもにも分かるほど、
はっきりしていた。
家の中に、
私の居場所はなかった。
だから私は、
金銭面以外では、
親に頼らないと決めた。
代わりに、
「この人なら信用できそう」
そう思える大人を、
自分で見極めて、相談した。
高校生の時、
卒業後の一人暮らしの部屋探しも、
私は一人でやった。
電車に1時間乗って、
不動産屋に行き、
条件も相場も、
事前に調べていた。
「こんな高校生、初めて見ました」
店長さんにそう言われたのを、
今でも覚えている。
大人になってから、
警察官だった頃、
警察学校で家庭環境の話をしたことがある。
その時、教官に言われた。
「普通、お前みたいな環境の子は、
一度は道を外す。
よく真っ直ぐ生きてきたな」
褒められているのだと、
後から分かった。
家庭環境は、
決して良いとは言えなかった。
でも、
金銭的には困らなかったこと、
父が唯一の味方だったこと、
友人や、先生に恵まれたこと。
救われた要素も、
確かにあった。
私は今でも思う。
「強くなりたかった」わけじゃない。
「自立したかった」わけでもない。
そうしないと、生きられなかった。
それだけだ。
もし、
今も家庭の中で、
居場所がないと感じている人がいたら。
それは、
あなたが弱いからではない。
環境が、
あなたに合っていないだけかもしれない。
私は、
親に頼れなかった代わりに、
自分で考える力と、
人を見る目を身につけた。
それは、
悪いことばかりではなかったと、
今は思っている。
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